No.23 – 忌部の立石 ~阿波忌部の祭祀文化~ 忌部文化研究会 会長 林 博章
令和2年(2020年) 4月 NO.17
日本忌部紀行 “忌部(INBE)を行く!”
忌部文化研究会 会長 林 博章
会員の皆さまには「忌部」の足跡を楽しんでもらう目的で、“忌部を行く”を連載しています。阿波国(粟国)を拓き、日本各地の創生に活躍した阿波忌部の足跡を辿っていきます。阿波忌部が麻を植えて拓いた故事にちなむ旧麻植郡(現在の吉野川市)山川町の伝承地を紹介したいと思います。山川町編の第12回は「忌部の立石」です。
忌部の立石 ~阿波忌部の祭祀文化~
●場 所 - 吉野川市山川町宮島
「山崎八幡神社」すぐ東側の道路沿いには、御旅石が置かれている。御旅石(おたびいし)とは、秋の祭礼日に神輿に乗られた御祭神(ごさいじん)が休憩される「神が休まれる聖石」のことで、徳島では通常見られる祭礼文化の一つである。他県では御旅所である。
御旅石は、かつて祭祀に使用された岩を再利用したものと見られ、古代に豊穣・多産祈願等のために穿(うが)ったとみられる盃状穴(はいじょうけつ)が多数見られる。その北側には、江戸期の元禄8年(1695年)の記銘をもつ庚申塔があり、その背後に、結晶片岩製の尖塔型の立石(メンヒル)が注連縄を巻かれて祀られている。大きさは、高さ160cm・幅40cm・厚さ10㎝。この立石も「忌部の矢磨石」と同様に、忌部氏のマツリゴトに関わる立石(メンヒル)と考えられる。ここにも忌部氏に関係する貴重な祭祀文化を見ることができる。
御旅石は、かつて祭祀に使用された岩を再利用したものと見られ、古代に豊穣・多産祈願等のために穿(うが)ったとみられる盃状穴(はいじょうけつ)が多数見られる。その北側には、江戸期の元禄8年(1695年)の記銘をもつ庚申塔があり、その背後に、結晶片岩製の尖塔型の立石(メンヒル)が注連縄を巻かれて祀られている。大きさは、高さ160cm・幅40cm・厚さ10㎝。この立石も「忌部の矢磨石」と同様に、忌部氏のマツリゴトに関わる立石(メンヒル)と考えられる。ここにも忌部氏に関係する貴重な祭祀文化を見ることができる。